最終決着、なぜ最近のゲームが売れないのか、ゲームが面白く無いのか

ゲームが売れないのは何故かと考えたが、やはり
面白くないゲームばかり作られるというのが原因だと思うのだわ。

課金ゲーばかりで、据え置き機がだめだとか他にもあらゆる原因があるが
単純に面白くもないゲームしか作られてないのが原因だわ。

そしてゲームがどんどんダメになっていったのかを考えたら分かった

それは、呪術性が無くなっていったからだと思った。

ファミコンのドットからPS1のローポリまで共通する表現はやはり
極端なデフォルメだと思う。
そして呪術とかで使う仮面とか、占いとか儀式の道具が極めて特異な形をしていて
古代文明がその影響でデフォルメされた遺物とかがあるのは、やはり意味があるんじゃないかと思う。

情報量を減らしてある部分を誇張する事で呪術的なものになるのだ。


それで、ファミコンとかをやって面白いと思うあの独特の感覚こそが実は呪術だったのではないか説よ。

遊んでる気がしてたけど実は、呪いとか占いとかそういう感じだったのではないか
何か陰鬱とした面白みがあったのは、遊びというよりむしろそういう変な行為だったのではないか。

だから謎の需要があってずっとやってた説だわ。


それがいつの間にか、情報量や処理能力が強くなってくると
エンターテイメントという考えが出てくるようになった。これがまずかったのではないか。

エンターテイメント=娯楽、ショー
なんとなくいいような気もするが、見るだけであったり、やる必要が無いものとも
言えるのではないか。
ゲーム性だとか、難易度上げたりとか、STG、格闘みたいにややこしくなってもプレーヤーは
減るだけである、何がいけなかったのか。

呪術性である、よくわからないけど、呪術は娯楽より実は大事なものだったのではないのか(知らんが)
だからずっとやったり、やんなきゃいけなかったのだ。


呪術とは、人間が過酷な自然や宇宙に対抗するための行為なのである。
なぜ、リアル志向のゲームが惰弱なのかを考えると、あまりにリアルすぎて
宇宙になって、対抗する手段では無いからである。
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Comment

  • 111
  • URL

なんだと

つまりマスターオブZEN的なものか?

まあ度を越した執着もまた、呪術的だと言える
度を越した執着から生まれるゲームは、異様なプレイ体験なのはそうかも

逆にどうやればある程度儲かるかがシステム的に見えてる現状、そこを外れてこだわるのはもはや、呪術だと
ゲームクリエイターではなく呪術師という感覚で臨むべきやったのか

奇妙な説得力があるな…

  • マグナ
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呪術というか単純に数に近くなってくるからでは。数を重ねていくと言うのは人間の中では尤も原始的なよろこびだからな。3Dゲームも結局は数値を積み重ねて行ってる事には変わりがないからそこでメッキが禿げる。
エンターテイメントってもんも見るべきものはあると思うぞ。芸術こそ呪術だからな。基本的に相手を魅せるようになってるから歳月の蓄積に重要性はある。

  • 青羊
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呪術性かー、お祷り感もあるかな。今やってみると面白くなかったゲームってあるよね。
操作が少ないゲームが多くなったような気がする、課金ゲーも昔ほど酷くないかな?
ただ、操作してる身としてはあまり面白くない、見守りゲーである。
AIというか、ランダム性が胆になってる気もする。

  • エミリア九条
  • URL

むしろエンターテイメントでは、需要がないので
呪術として考えれば儲かるのではないか
コンプガチャみたいのも、あんなの何が面白いんだといいつつやるのは呪術性だわ。
マスターオブZENも儲けてるしな。

全部数字ですからな、数字ゲーだわ
エンターテイメントには私は厳しいから、駄目なとこに目が尽くし
好みもわかれるから、金をかけても売れないのだわ。

今やっても面白くないゲームも多いし、面白いじゃんというものもあるのだわ
課金ゲーは極まるとこ、時間放置で何かがアイテムで入手出来ればいいというものだわ
最終的にツクールでアイテム欄を埋めたらいいということだわ。
見守るお仕事。

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